きものはうす 五箇谷

心の晴れは自分しだい

こんな着物・こんな帯・
その日の気持ち、その日の風、
そんなことでも変わる
今日の着物あわせ・・・
ちょっと書いてる気持ちや色々なことです

小説風 暑い夏の日

2022年08月15日

 父親が生前40年以上愛用していた

ロッキングチェア。

庭に面した掃き出し窓の側に置き

けい子はロッキングチェアに座り

時折り入る心地良い風を感じながら

日ごと変わる空や月を観るのが好きだった。

8月15日の朝、雲が多い空

起き抜けに窓を開け、ロッキングチェアに

座り、ぼんやりと空を眺めながら

小学生の頃のこの日を

思い出していた。

あの頃のこの日は

TVではどこの局も

「終戦記念日」を取り上げ、

色濃く生々しく報道していた。

一台のテレビを家族みんなで見入っていて

必然的にその番組の内容を話題に

会話も進んだ。

けい子は母親に戦争の話を聞くのが好きだった。

母親は、自らが体験した話を回想するような

表情をしながら、最初はポツリポツリと

そしてけい子がうなづき、更に問うと

熱く語ってくれていた。

毎日のように夜になると空襲警報が鳴り響き 

防空壕に身を隠す。

「でも不思議と怖いと言うより慣れちゃってね

空襲来るから早くご飯食べちゃいなさい!って

急いでご飯食べるのがあたり前になってたね」

けい子はそんな恐ろしい事に

慣れてしまうのかとその母親の言葉は

半信半疑で聞いていた事が強く記憶に

残っていた。

その話を思い出しながら

ロッキングチェアに静かに揺られながら

ふと、けい子は

昨今、起こってる感染症の体験と

照らし合わせてみた。

この感染症が広まってきた頃

外に出ることも、

人とすれ違うことも

恐怖に感じていた。

電車に乗っても隣り合って座る事はしない、

電車がどんなに揺れても

脚で踏ん張り吊り革にも触れず

 

恐怖心に

支配されていた感覚。

どこにいるのか、見えない敵に

恐れを感じ自分の行動も制限して

ひたすらマスクと手洗いで防御する毎日だった、

しかし

長い間の経験や情報から

だんだんとその気持ちも

薄れていくのも感じた。

毎日報告されている感染者の数にも

感じる思いは同じだった。

とうとう東京都の感染者が

500人を超えたあの日の動揺は

2万や3万を超える今は

何故か起こらない。

もしかしたらその感覚と母親が話してくれた

毎日鳴らされる空襲警報に

慣れてしまったと言う話が

似ているんだろうなと

白い雲を

眺めながら身をもって理解できた気がした。

けい子は母親に戦争の話を聴くのが

好きであったのは

もう一つ理由があった。

姉と弟に挟まれた次女として育つ環境は

母親を独り占め出来る時間は

ほぼ無かった。

しかし母親は唯一過去に体験した

戦争の話は

仕事の手を止め、向き合って話して

くれた。

だからけい子は

頃合いを見計らっては

聴いていた。

2人の兄を戦争で亡くした事、

その兄達とのささやかな楽しかった思い出話、

いつも御用聞きに来るお兄さんが

「戦争に行くんだ」と

母にだけ話して涙を流したこと、

武蔵野台地から見た下町方面に

落とされる爆弾がバラバラと落ち

やけに夜空にきれいに見えたこと、

しかし

母親は決して子供であったけい子には

自分の眼で見てきた悲惨で

残酷な実態は話してはなかった。

けい子の年齢に配慮したことは

もちろんであっただろうが

母親はそれを自ら口にする事で

記憶を甦らすのも辛かったのではないかと

けい子は大人になってから

察した。

そして

けい子の記憶に1番残っているのは

母が嬉しそうに

「でもね、これからはもう絶対に

戦争はしないのよ!

日本は戦争を放棄したから

どこの国とも戦争はしない国になったから」

母親は笑顔でそしてとても誇らしげに

けい子にそう話した。

けい子もその言葉を聴きながら

「そうなんだ!すごいね!

これからは戦争は 

絶対にしないんだね!よかった〜」

とバンザイをしてみせた。

終戦記念日の特番、

テレビで流がれてる悲惨な場面を

観ながら

こんな体験は絶対にしたくない、

でも、もうこんな体験はしなくて

良いんだ!と

 

母親が話してくれた事を信じ

けい子は自分が生まれた時代

これから生きていく時代に

感謝ととてつもない

安堵の気持ちが湧いていたのは

あの頃から

つい最近まで感じ得ていた思いだった。

ふと

目を閉じてロッキングチェアに

もたれながら

けい子は

あの時の母親の笑顔を

思い出し

自分の子供達に

戦争と言う体験をさせずに

暮らせる事は

親にとって1番の幸せだっただろう。

母親の笑顔は

そんな表れであったんだろうと

けい子自身も親となり

母親のあの安堵に満ちた笑顔が

今になり改めてわかったように感じた。

親であれば、子供に戦争の体験などは

させたくないと願うのは

当たり前の気持ちである。

けい子はこれからの時代に思いを寄せた。

あの母親の笑顔を

受け継いでいけるのだろうか?

いや、

受け継いでいかなくてはいけないと

感じざるには

いられなかった。

平和か。。。

なんて幸せな事なんだろう。

でも平和は決して当たり前な事ではない。

いつも意識して努力して維持していかなければ

ならない。

この先も

平和な日々が絶対に続くよう

けい子は心から願った。

朝の心地良い風が

じわっと蒸し暑さに変わり

けい子は目を開けて 

また空を眺めた。

曇り空の間から夏の日差しが

差し込めて来た。

今日も暑くなるんだろうな。

けい子は

窓を閉めてエアコンのスイッチを

入れた。

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